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東京地方裁判所 平成10年(ワ)6697号 判決

原告(反訴被告) A野花子

右訴訟代理人弁護士 鈴木理子

同 樋口由美子

同 松本明子

被告(反訴原告) B山春夫

被告(反訴原告) 株式会社 B川

右代表者代表取締役 B山春夫

右両名訴訟代理人弁護士 後藤富士子

主文

一  被告(反訴原告)らは、原告(反訴被告)に対し、連帯して金三〇一万八〇〇〇円及びこれに対する平成九年一一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告(反訴被告)のその余の請求をいずれも棄却する。

三  反訴原告(被告)らの請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴・反訴を通じてこれを六分し、その一を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)らの負担とする。

五  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴

被告らは、原告に対し、連帯して金四九一万八〇〇〇円及びこれに対する平成九年一一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴

反訴被告は、反訴原告らに対し、各金三〇〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日(平成一〇年四月三日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

(以下、原告(反訴被告)を単に「原告」と、被告(反訴原告)B山春夫を「被告B山」と、被告(反訴原告)株式会社B川を「被告会社」という。)

本件は、被告会社の従業員であった原告が、同社の代表取締役である被告B山から性的嫌がらせや強姦未遂の被害を受けた上、不当に解雇されたとして、被告らに対し、損害の賠償を求め(本訴)、他方、原告の本訴提起等が不法行為であるとして、被告らが、原告に対し、損害の賠償を求めている(反訴)事案である。

第三当事者の主張

一  本訴

1  請求原因

(一) 当事者

原告は、平成五年一二月一〇日被告会社に入社した。被告B山は、被告会社の代表取締役である。

(二) 被告B山の不法行為

(1) 入社以来の性的嫌がらせ

ア 原告が被告会社に入社して間もないころから、被告B山は、社内に原告と二人きりになると、自分の学生時代の卑猥な話等を延々と始めた。例えば、被告B山は、当時共同トイレ、風呂無しの長屋形式のアパートに住んでいて、隣室がデパートの女性従業員であり、休みの日にうめき声が聞こえてきて、若かったら処理に困ったとか、相手がいつも変わっていたとか、鍵穴が古いタイプで覗けたから、夏の暑い日に覗いてみたら、その女性が一人でやっていたとか、原告に申し向け、またそのときの女性の様子を被告B山は悶え声を真似ながら、全身で実演して原告に見せた。そして、そのような話をしては、原告の反応をじっと窺ってきた。

イ また、従業員のE田と原告に聞こえよがしに猥褻な話を始め、「鶯谷の近くに立ちん坊がいっぱい居て国籍もいろいろだ。ブラジル、アルゼンチンもいたけど、相場はいくらだろうか?ブラジルではいくとき何と叫ぶんだろうね?A野君知ってる?あっちの男は太くて強いんだろうね?君、外人の棒って経験あるかい?僕も真ん中の棒に自信があるから、フンフン言わせる自信があるんだ。」、「A野君、白髪って下の方にも出るの?君の下の毛はどんな状態?僕見たいな。」などと、原告がいくら「仕事をしましょう。」と話の腰を折っても再三再四猥褻な話を繰り返してきた。

ウ また、E田が不在の時、原告がコピーを取っていると、被告B山はやおら椅子から立ち上がり、さりげなく後ろ手で原告の臀部をなでていったりした。このように被告B山は、必ずE田が不在の時をねらって原告に対して性的嫌がらせを繰り返してきた。

エ また、平成七年の八月上旬ころには、被告B山は、自分のデスクの引き出しからポルノビデオテープを取り出し、社内のビデオにセットして原告に無理強いして当該ポルノを見せた。原告は、「仕事中だから消してください。」と何度も頼んだが、被告B山はポルノの悶え声をまねた上、「君もこういう声を出すの?もっと激しいの?ぼかしが入っていて肝心な部分が見えない。今度は無修正のものを見つけて来よう。このビデオみたいに三人プレイがしてみたい。君はやったことある?今度試してみようよ。」などと原告に申し向けた。

オ また同じころ、被告会社の他の社員が隣の居酒屋でアルバイトをしていた中国人女性と社内で性交渉していたのを、酔って帰社した被告B山が発見し、それ以降、その目撃した描写をうめき声を上げながら細部にわたって再現し、原告と二人になると昼、夕となく側に付きまとって全身で再現し続けた。これは平成七年いっぱい続いた。

カ また、平成八年の一月四日の仕事始めの日には、夕刻五時半ころから新橋の居酒屋「A田」で、原告と被告B山とが新年の初心の話などをしていたところ、徐々に話をそらせ、被告B山は両方の靴を脱ぎ、両足でテーブルの下から向かい側の席の原告の足を包み込み、こすった上、「一回だけでいいから浮気をしよう。やらせてくれ。まだ七時前だから間に合う。」等と申し向けたので、原告は心底情けなくなって席を立って帰ろうとしたら、追いかけて来て、駅前の交差点でもまだ「やらせてくれ。いいだろう。」と言いつのり、原告は公衆の面前でそのようなことを言われるので、実に不快で恥ずかしく、「やめてください。」と叫んで駅の改札に逃げ込んだ。

(2) 強姦未遂

リフォーム代金の未払いのこととかで、平成八年六月ころからヤクザらしき者が、被告会社に来るようになり、いつも被告B山は逃げてしまい、原告のみが社内に残されていつも一人で応対させられていた。平成八年九月六日、この日は男二人のヤクザらしき者(うち一人はB野)と女一人(運転手とのことであった。)が来て、被告B山は二〇一号室にいた原告のところへ封筒を持って来て、「この封筒の中に確かに四〇万円入っているか、君も数えてくれ。B野らに渡すから。」と数えさせた。それらの者が帰った後、被告B山は現場監督の者(C山)と手打ちだといって酒を飲み始め、その後C山は帰った。午後五時一〇分過ぎころ、原告が時間なので帰宅しようと準備していたところ、隣室に被告B山が入って来た。被告B山は外部へのドアを閉め、部屋の仕切りのドアにも鍵を掛けた。原告が仕切りドアの方へ行こうとしたら、突然後ろから羽交い締めにされた。原告は「やめてください。」と言ったが、被告B山は原告の胸部を揉み出し、抵抗したところ、被告B山は原告の右上顎部を殴打し、原告のキュロット・スカート内に手を入れて来たので、原告はしゃがんでくぐり抜け、クーラーのところまで逃げた。被告B山はズボンのベルトを緩め、ジッパーを引き下げながらクーラーのところまで原告を追って来て、今度は正面から原告を抱きすくめた。原告の両腕は自由にならず、「止めて、止めてください。」ともがいたところ、被告B山は、「面接に来たときから……、入った日から……、一度でいいから一発……」と言いながら唇を近づけてきた。原告は「いやだ!いやー!」と顔を必死に振り続け、もがいて体を揺すったので、被告B山の腕が少し緩み、原告は流し台のところに逃げた。仕切りのドアの方へ逃げたかったが、被告B山がドアの前に立ち塞がるようにしたので、そちらには逃げられなかったのである。またそこで被告B山に抱きすくめられたので、逃げようともがいていると、夕刻には珍しく突然電話が鳴った。被告B山の動きが止まり、両腕の力が緩んだので、原告はとっさに電話に飛びついて受話器をつかみ、E田の声だったので、原告は「社長、E田君から電話!電話!」と叫んで、受話器を被告B山に投げつけ、他の荷物はそのままにして、とりあえず家の鍵だけが入っているハンドバッグをつかみ、仕切りドアの鍵を開けて二〇二号室へ出て、すぐ右側の鉄製の外部へのドアの鍵も開けて外へ飛び出し、新橋駅まで一気に走って逃げることができた。

(3) 不当解雇

被告B山は、原告に対し、平成八年九月二六日到達の書面により、同年一〇月二五日をもって解雇する旨の意思表示をしたが、これは不当な解雇である。

(三) 被告会社の責任

被告B山の右(二)の各行為は、被告会社の業務に従事する過程、又はこれに付随する過程で行なわれたものである。

(四) 損害

(1) 前記(二)(1)及び同(2)の各不法行為による損害

前記(二)(1)及び同(2)の一連の不法行為により原告は多大の精神的苦痛を被った。その慰謝料は三〇〇万円を下らない。

(2) 前記(二)(3)の不法行為による損害

ア 原告は、平成九年七月まで再就職できなかった。

イ 原告の賃金は月額一九万五〇〇〇円(毎月二五日払い)であったから、解雇されなければ、平成八年一〇月二六日から平成九年七月二五日までの九か月分の賃金として一七五万五〇〇〇円を取得できたはずである。ここから失業保険として得た八三万七〇〇〇円を控除した九一万八〇〇〇円が原告の損害である。

(3) 弁護士費用 一〇〇万円

(五) まとめ

よって、原告は、被告B山に対しては不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告会社に対しては商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項に基づき、連帯して四九一万八〇〇〇円及びこれに対する被告B山の不法行為の日の後である平成九年一一月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)(当事者)の事実は認める。

(二) 請求原因(二)(被告B山の不法行為)について

(1) 同(1)(入社以来の性的嫌がらせ)の各事実は否認する。

(2) 同(2)(強姦未遂)の事実は否認する。当日原告はいつもより遅くまで居残っていたが、E田からの電話を取り次いだ後、午後五時半ころ、「社長、お先に失礼します。」といつも通りの挨拶をして退社した。

強姦未遂の事実は原告が捏造したものであり、原告が虚偽の事実を捏造した理由は次のとおりである。

ア 原告は、かねてより被告B山から勤務態度不良について注意されており、平成八年初め以降は、「追い出されるのではないか。」と感じるようになった。そこで、原告は、一方で辞めさせられないようにすることを考えながら、他方で転職のシナリオを考えるようになった。

イ 平成七年秋ころから、マンション(コーポラスC川)の改修工事を巡って、訴外株式会社D川(以下「D川」という。)の代表取締役であるE原が被告会社に対して不穏な行動を起こすようになり、現場監督であったC山を庇ったとして、平成八年六月ころには、E原の依頼を受けたB野が被告会社に出入りするようになった。原告は、転職の可能性を検討していたこともあって、B野やE原と通じ、被告らの情報を提供するようになった。

ウ 平成八年九月六日午後、被告B山は、B野の要請に応じて紛争を決着させるべく、被告会社において話し合いを持ち、B野に金銭を支払って解決した。この件の成り行きを注視していた原告は、C山が起案した告訴状を盗み見して、情報が相手方に筒抜けになっていることについて原告を疑っていた被告B山から、「何の真似だ。スパイか。首切ってやろうか。」などと咎められた。

エ 被告B山が原告のことをかなり強く疑いだしたことを悟った原告は、解雇に対する対策を具体化しなければならないと考えた。そこで、考えついたのが、本件「強姦未遂」事件のシナリオである。原告は、その後、被告らに解雇させて賠償金を取ることに方針を切り替えている。

(3) 同(3)(不当解雇)のうち、被告B山が、原告に対し、平成八年九月二六日到達の書面により、同年一〇月二五日をもって解雇する旨の意思表示をした事実は認め、不当解雇であることは争う。

(三) 請求原因(三)(被告会社の責任)の事実は否認する。

(四) 請求原因(四)(損害)の各事実は否認する。

3  抗弁(解雇の正当性。請求原因(二)(3)に対し)

原告の解雇理由は次のとおりであり、解雇は正当なものである。

(一) 原告は、コーポラスC川改修工事を巡って、被告会社に対し不当な金銭請求をしていたD川のE原や、同人から仲介を頼まれたとするB野に対し、被告らの経理資料や動静について、不法に情報を提供した。

(二) 原告は、平成八年九月六日に被告B山から強姦未遂の被害を受けたなどと虚偽の事実をでっちあげ、それをネタにして被告らから金銭を喝取しようと企て、同月九日、被告B山に対し、執拗に右不法行為の言質をとろうと迫り、それを口実にして給与の増額を要求し、さらに同月一二日、「ヤクザが押し掛けてきました」などと虚偽の事実をでっちあげた上、同月一三日、被告B山にヤクザが来ると思わせて、自らの要求に応じさせようとした。

(三) 原告は、平成八年九月六日に被告B山から強姦未遂の被害を受けたなどと虚偽の事実をでっちあげた上、それを理由に同月一三日、無期限の有給休暇を要求した。

4  抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)の事実は否認する。

(二) 抗弁(二)の事実は否認する。

(三) 抗弁(三)のうち、原告が平成八年九月一三日に明確に日数を特定することなく有給休暇を要求した事実は認め、その余は否認する。

二  反訴

1  請求原因

(一) 原告の不法行為

原告は、被告B山から性的嫌がらせや強姦未遂の被害を受けたなどと虚偽の事実をでっちあげ、次のような不法行為を行った。

(1) 被告らから金銭を喝取しようと企て、平成八年九月九日、被告B山に対し、執拗に強姦未遂の言質をとろうと迫り、それを口実にして給与の増額を要求し、さらに同月一二日、「ヤクザが押し掛けてきました」などと虚偽の事実をでっちあげた上、同月一三日、被告B山にヤクザが来ると思わせて、自らの要求に応じさせようとした。

(2) 平成八年九月九日から、品川労政事務所に対し、強姦未遂等の事実があったと申告して、被告らの名誉を毀損した。

(3) 被告らから金銭を喝取しようと企て、B野に依頼して、同人をして、平成八年九月一八日被告会社を訪れさせ、被告B山に対し、「三〇〇万、五〇〇万」という金額を挙げて、被告らを脅迫させた。

(4) 本訴を提起し、被告らの名誉を毀損した。

(5) D川のE原と共謀して、被告らの名誉・信用を毀損して被告らに損害を与えることを企て、平成九年三月一〇日ころから同月一七日ころにかけて、被告らを誹謗中傷する怪文書を被告会社が管理を委託されているマンション等の理事長宛に郵送したり、マンション全戸に配布したりした。

(二) 損害

被告らは、右(一)の各行為により、著しく名誉・信用を毀損された。その損害は各自三〇〇万円を下らない。

(三) まとめ

よって、被告らは、原告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、各自三〇〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日(平成一〇年四月三日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)(原告の不法行為)のうち、同(2)の平成八年九月九日から品川労政事務所に対し強姦未遂等の事実があったと申告した事実は認め、その余は否認する。原告が被告B山から実際に性的嫌がらせや強姦未遂の被害を受けたことは、前記一1(二)のとおりである。

(二) 請求原因(二)(損害)の事実は否認する。

第四当裁判所の判断

一  本訴について

1  請求原因(一)(当事者)の事実は当事者間に争いがない。なお、《証拠省略》によれば、被告会社は、マンションの維持・管理等を業とする会社であり、その従業員数は、原告が入社してから解雇されるまでの間、原告を含めても三、四名程度であったと認められる。

2  請求原因(二)(被告B山の不法行為)について

(一) 請求原因(二)(1)(入社以来の性的嫌がらせ)について

これらの事実についての物的証拠はなく、供述証拠も、直接的なものは原告の陳述以外にはない。

しかし、原告の陳述が具体的であること、原告は、平成八年九月六日以降の早い時期に品川労政事務所のB原職員にこれらの事実について話しているところ、短期間の間にこれだけ多数の事実を捏造したとは考え難いこと、原告から相談を受けていたというC田の陳述書も原告の主張に沿うものであること、そして、後記(二)の強姦未遂の事実についての検討結果からすると、請求原因(二)(1)の各事実も認められるというべきである。

(二) 請求原因(二)(2)(強姦未遂)について

(1) 同事実についての原告の陳述は具体的、詳細かつ明確である。

しかし、被告B山は、同事実の存在を否定し、同事実は原告が捏造したものであり、原告には捏造する動機があったとの被告らの主張に沿う陳述をしている。

そこで、平成八年九月六日前後の状況、原告の陳述の信用性を失わせる事実の有無、被告らの主張に沿う証拠等について検討することとする。

(2) 平成八年九月六日前後の状況

ア 平成八年九月六日午後五時以前

平成八年九月六日午後五時以前(同月五日以前を含む。)の状況については、《証拠省略》から、以下の限度で確実な事実として認定することができる(D川とのトラブルの詳細等については、被告B山の陳述等のみから、これを認定することは困難である。)。

(ア) 平成八年六月ころ、D川(E原)とトラブルを起こしたC山(D川の元従業員)を被告会社が庇っているとして、E原の依頼を受けたB野が被告会社に出入りするようになった(被告会社は、電話の取次等の便宜や仕事をC山に提供していた。)。このB野は、頭髪がパンチパーマであるなど、暴力団組員風の風体をしていた。

(イ) 平成八年九月六日正午前後ころ、C山、B野及びB野の連れの男女が被告会社事務所を訪れ、被告B山を交えて、話し合い及び金銭の授受が行われた。そして、B野と連れの男女が帰ると、被告B山とC山はビール等を飲み始め、途中原告にビール等を買いに行かせた。その後、C山も被告会社事務所を去り、遅くとも午後四時三〇分ころ以降は、原告と被告B山の二名だけが被告会社事務所にいる状態になった。

イ 平成八年九月七日以降

以下の事実は、《証拠省略》から、確実な事実(ただし、(ケ)は記録上明らかな事実)として認定することができる。

(ア) 九月七日(土曜日)及び八日(日曜日)は原告は休日であった。

(イ) 同月九日、原告は、品川労政事務所に相談の電話をし、その助言を受けて、被告B山との会話をテープに録音した(会話の内容は後記ウのとおり。)。原告は、同日中に、B野、第二東京弁護士会及び三田労働基準監督署にも電話をした。

(ウ) 同月一二日、原告は、「B山社長へ。ヤクザが押しかけて来ました。部屋に入り(しばらくいた)が、又、出直すと言って昼食に出たから、身の危険を感じますので、早退させて頂きます。」とのメモを残して早退した。しかし、これは原告の虚言であり、当日ヤクザが押しかけた事実はない。

(エ) 同月一三日、原告は、再び被告B山との会話をテープに録音した(その内容は後記エのとおり。)。被告B山はこの日、有給休暇の取得を求める原告に対し、解雇を予告する発言をした。

(オ) 同月一七日、品川労政事務所のB原職員が被告会社を訪問し、被告B山に和解を勧めた。しかし、被告B山はこれに応じなかった。

(カ) 同月二四日、原告は、実弟の知り合いである矢野千秋弁護士に相談に行った。

(キ) 同月二五日、原告は、医療法人社団緑和会ストレスケア日比谷クリニックを受診し、心的外傷後ストレス障害と診断された。同クリニックの酒井和夫医師は、同月二五日の診察時、原告は明らかな、うつ状態と不安焦燥状態であった、心理テスト上も明らかな精神の不安定と、うつ状態が認められた、ただし、もともとの性格は未熟でなく、ほがらかで明るい性格であることもほぼ確認できたとの所見を示している。

(ク) 同年一〇月二日、矢野弁護士が原告の代理人として、被告らに対し、損害の賠償を求める内容証明郵便を送付した。

(ケ) 同年一〇月三一日、原告が本訴を提起した。

ウ 平成八年九月九日の原告と被告B山の会話

同日午後に原告と被告B山が交わした会話は次のようなものである。

原告「あのう、社長覚えていますか?ベルトに手が掛かって、ジッパーっていう、覚えていますか?私、本当に、怖かったんですよ、あの。」

B山「覚えていない、全然、だからね、うん、途中、E山が来たよね。」

原告「いや、E山さん来た時には、私は、もう走って逃げていました。E田君の電話が鳴ったのは社長、覚えているでしょう?」

B山「覚えていない。」

原告「いや、E田さんの電話が鳴ったから、あれ、五時二五分ですよ。で、あれ、きっと、あの電話、腹立たしかったでしょうね。あの電話で中断された私は、もうちょっとで社長、乗しかかられるところをね……。で、E田君の電話を私が渡したでしょう?それで、私、片付けもしなきゃいけないーと思いながら、だって、社長がもう普通じゃない状態だから、さすがに怖くなって、そのままにして、だから、火は出ていないだろうか、社長は大丈夫だろうかって。」

B山「だから、だからね、E山が来てね、A山のその件を話しててね、こう、ズルズルズルーと、ここで寝ていたんだよ。」

(中略)

原告「とりあえず、E田さんの電話取ったのを社長、覚えていないの?」

B山「覚えていない。」

原告「じゃあ、ベルトに。」

B山「ただね。」

原告「ベルトに手を掛けたっていう、あの怖ろしいあれは、本心なんでしょう?本当にやる気だったでしょう?私本当に怖かった。」

B山「本当に、やる気だったんじゃあないの。」

原告「いや、そうでしょう?」

B山「わかんねえんだよ、だから。気がついたらなんか、あのう、ここで寝ててさあ。」

原告「じゃ、ほんとに。」

B山「ただ、ベルトが、ベルトが緩んでいて。」

原告「そうでしょう。チャックも開いてたでしょう?」

B山「だから、何でかなあと思って。」

原告「それ、そうよ。で、私が、やめて、やめてーと喚いて、後ろから抱きしめて、羽交い締めにして、ここ、ここをガーンってやって、ここ痛いの。あのう、社長忘れた?目じゃなくって良かったけれど……コンタクト割れちゃうけど。」

B山「で、俺がねえ、ズルズルといって、……ここが……落っこっちゃって。」

(中略)

原告「じゃあ、私のこと、後ろから羽交い締めにして、クーラーのところに追いつめて、次、向こうの換気扇の回っている、トイレのところに追いつめて、グーッとやって、あの、胸揉んだのとか、本当に覚えていない?」「股の、キュロットはいてたけど、下から手が入って、あれは、じゃ、本当に希望していたことが酔った勢いで出ちゃったのね。」

B山「出ちゃったんだろうねえ。」

原告「もの凄く怖かった、私。いや、本当に。もう聞いてくれないし、目が据わちゃってるから。いいだろう、いいだろう、一発っていう、ものの連呼だもの。だから、入った時からって言ってたよ。面接の時から一回って言うから、私は仕事をしに来てるって。」

B山「んなこと、本当かよー。」

原告「本当に。」

B山「全然だよー、んなものー。」

原告「あ、じゃ、それって本心なんだ、きつと。」

B山「本心だなー。」

(中略)

原告「ベルト緩んで。」

B山「ベルトが緩んで、だから。」

原告「緩んでチャックが、こう三分の一程開いて。」

B山「うん、うん。」

B山「E山がいたずらしたんじゃないかーと思ってさ。」

原告「じゃ、私を抱きすくめた、というのは覚えているでしょ?」

B山「覚えていないんだよ。」

原告「ここのところ、こっち側へ後ろから来た時に、ここ、こうやって……覚えていない?ほんとうに?」「じゃ、歯がグラグラ。」

B山「嘘だあ。」

原告「いやあ、私、歯が強いからいいけど、ここ、あの、サロンパス貼るっていうの、だから、本当に怖かった。力はすごいし。だから、潜在意識の中に、いつかは私をっていうのは、本当にあったんだな、と。」

B山「ふふん。」

原告「もう、ああいう、ことはないね。」

B山「だから、もう、ほんとに、だから、だから、あのう、C山さんが、いつ帰ったのかもわからないから、だから書類が、A山さんの書類がね、何でないのかわからなかったんだよ。だから、だから、C山さんに電話したら、したら、フロッピーにいっぱい入っているから、あの、それ一枚持って行って、えーっ、いいよってね、言ったって言うからさ、まあ、その辺からもう……断片的に、だから……なんかね。」

原告「鍵、社長掛けたの覚えているでしょう?ここの鍵と、そこの。いや、ほんと。」

B山「覚えてるわけねえだろう、そんなの。」

原告「はい?」

B山「覚えてないってえの、だから。」

原告「よく、そういうことを。」

B山「ほんとに覚えて。」

原告「私は、あのポチッというのね、中扉を押す音で、ハッと振り向いたの。何でこんな音すんのかなって。そしたら、社長、仁王様みたいな形相で……。あと、本当に怖かっ。」

B山「だから、頭に血い昇ったのかなあ。ほんじゃあ、だからね。」

原告「人格、変わったなっ、と。」

B山「うん、いや、要はね、あのう。」

(中略)

原告「うーん、まあ、ここだからいいけど、目のところ、メガネ割ってたら今ごろ、あれでしょう。」

B山「そうか、もし、そうじゃなかったら、いや、記憶ないんでーなんて言えないんだろうけど、じゃ、申し訳ない。」

原告「今度やったら、私、殴るからね、灰皿で。」

B山「いや、申し訳ない。」

エ 平成八年九月一三日の原告と被告B山の会話

同日午前に原告と被告B山が交わした会話は次のようなものである。

原告「社長がなさった、九月六日になさったことを、当然、加味すれば、あれは法に触れますから。」

B山「私は知らないって。」

原告「でも、謝罪されましたよね。」

B山「だから、ご迷惑かけたようだったら、ごめんなさいって言うだけです。」

原告「はあ、そうですか。」「全く、そう罪の意識がないっていうか、誠意がないわけですね。」

B山「誠意よりも、なによりも、意識がないから。」

原告「意識がないって、かわされましたか。」

B山「なんにも、それ……。」

原告「ドアーに鍵を掛けて、あれは明らかに計画的ですよ、社長。」

「二か所、すべてで三か所ですけども、鍵を掛けて、はっきり言って、強姦未遂ですよ。」

B山「ふーん。」

原告「なんとも思われませんか?」

B山「なーんともないよりも、何よりも……うーん、記憶がないんだから。」

オ 前記ウ及びエの会話の評価

前記ウ及びエの会話では、被告B山は有効な反論を全くしておらず、主として記憶がないと述べつつ、ズボンのベルトが緩み、チャックが開いていたことを認めた上、謝罪と見られる発言までしている。被告B山は、この点につき、原告の背後に誰かいるに違いないと直感し、原告の出方を探るため適当に受け答えをしたと陳述するが、《証拠省略》中に被告B山の右意図に整合すると見られる発言を見出すことはできないのであって、同被告の右陳述は採用し難い。

また、前記ウの会話は、被告B山が最初にドアに鍵を掛ける部分が後から出てくるなど、話が前後しているが、そこでの原告の発言を繋ぎ合わせれば、ほぼ請求原因(二)(2)の事実と一致し、そこに前後の矛盾等は見られない。このように、話が前後しているにもかかわらず、前後矛盾等が見られないということは、そのような事実が実際にあったか、実際にはなかったとすれば、原告が入念にストーリーを構成し頭に入れた上で被告B山との会話に臨んだかのいずれかであると考えられるが、証拠上、そのような事実が存在しないにもかかわらず、被告B山が記憶がないというような曖昧な回答をする保障があったとは認められず、むしろ原告自身が著しく不利な立場に置かれる危険が大きいのであるから、実際にはそのような事実がないのに、原告が虚偽のストーリーを構成し被告B山との会話に臨んだとは考え難い。

なお、前記ウの会話からは緊張感がさほど伝わらないが、B原職員から「録音を成功させるためには、加害者に悟られないように、いつものとおりに様子を変えずに接してください。」と指示されていたので、普通に振る舞うよう心がけたとの原告の陳述に不自然さはなく、緊張感の欠如から、強姦未遂の事実の存在を疑うことはできない。

(3) 原告の陳述の信用性を失わせる事実の有無について

ア 原告は、午後二時過ぎにビール等を買いに行かされ、C山は午後三時ころ帰ったと陳述するが、《証拠省略》によれば、原告がピール等を買った時刻は午後三時七分であると認められる。そうすると、原告の陳述は時間の点では採用できないことになる。

しかし、これらの時間のずれは、強姦未遂を物理的に不可能ならしめるものではなく、原告の陳述全体の信用性を失わせるものとまではいえない。

イ 原告が平成八年九月一二日に「B山社長へ。ヤクザが押しかけて来ました。部屋に入り(しばらくいた)が、又、出直すと言って昼食に出たから、身の危険を感じますので、早退させて頂きます。」とのメモを残して早退したが、これは原告の虚言であり、当日ヤクザが押しかけた事実がないことは、前記(2)イ(ウ)のとおりであり、このような虚言の存在は、通常は陳述全体の信用性を失わせるものである。

しかし、原告は、このようなメモを残したのは、強姦をしようとした被告B山を困らせてやりたかったからであると陳述しているところ、原告が実際に強姦未遂の被害を受けていたとするならば、原告が述べるような心境になることも理解できないではない。そうすると、本件においては、右の虚言の存在は、原告の陳述全体の信用性を失わせるものとまではいえないというべきである。

ウ 《証拠省略》によれば平成八年九月六日以前にも、また前記(2)イ(イ)のとおり同月九日にも、原告からB野に電話していることが認められ、この点が、被告らが原告とB野との関係を疑う一つの理由となっている。

しかし、この点について、原告は、B野が被告会社の事務所に来ることがわかると被告B山がいなくなってしまい、原告一人が取り残されて怖い思いをしていたため、被告B山が不在であることを知らせてB野が被告会社の事務所に来ないようにするために電話をしたと陳述しているところ、原告が他の有効な防衛手段を持たない女性の従業員であることも考えると、原告が右のような行動に出ることが不自然・不合理であるとまではいえない。

そして、前記(2)イ(イ)のとおり、原告が平成八年九月九日に品川労政事務所、第二東京弁護士会及び三田労働基準監督署に電話をし、その後弁護士に相談するなどしていたことからすれば、原告は公的機関、あるいはこれに準ずる機関の救済を求めていたと推認できるのであって、原告からB野に電話をしていた事実から、原告がB野らと通じ強姦未遂の事実を捏造したと推認することはできないというべきである。

(4) 被告らの主張に沿う証拠等について

ア E田の陳述書は、平成八年九月六日午後五時半ころ被告会社に電話した際に特に変わった様子はなかったとの内容であるが、同人が被告会社在勤中である(被告会社が従業員三、四名程度の会社であることは前記1のとおりである。)ことからすると、被告らの主張と異なる陳述を期待できる立場にないことが明らかであり、その陳述をたやすく信用することはできない。

イ C山の陳述書及び証言も、平成八年九月六日午後五時半前後に数度にわたって被告B山に電話したが被告B山は冷静な様子であったというなど、概ね被告らの主張に沿うものであるが、被告B山が原告との会話ではC山がいつ帰ったのかもわからないと述べていること(前記(2)ウ)、C山はD川の元従業員であったがD川とドラブルを起こし被告B山に庇われ、電話の取次等の便宜や仕事も提供されていた者であること(同(2)ア(ア))、及び証言態度にも真摯とはいえないものがあったことから、その陳述をたやすく信用することはできない。

ウ 被告B山は、強姦未遂は原告が捏造したものであるとして、るる陳述するが、その陳述は《証拠省略》で同被告がしている発言と著しく異なっている点でまず信用し難いものがある。同B山は、この点につき、原告の背後に誰かいるに違いないと直感し、原告の出方を探るため適当に受け答えをしたと陳述するが、採用し難いことは前記(2)オのとおりである。

その他にも、同被告は、原告がE原やB野と通じていた根拠として、C山と被告B山の他には原告しか知らなかったC山の所在をB野が知っていたことや、平成九年八月二七日にB野が情報源は原告である旨告げたことなどを挙げているが、前者については、他に知っていた者がいないと断定する根拠が不明であること、後者については、被告らに対し不当な要求をしている相手が、情報提供者を安易に告げるとは考え難いことや、答弁書には決定的ともいえるこの発言への言及がなく後から言及されるようになったという経緯に照らして、いずれも採用し難い。

そして、原告とE原及びB野の関係についても、信用できないC山の陳述、その存在自体疑わしいB野の陳述等を基に、推測を加えたものであり、推認の基礎となる事実の存在が認め難く、推測の過程も合理的とはいえず、採用できるものではない(被告らは答弁書において、被告B山が平成八年九月一二日に原告宅に電話をし、電話口に出た原告の母親に「会社のB山です。」と名乗ったところ、原告の母親が原告に「いつもの人から電話よ。」と言って取り次いだことから、被告B山は、B野が原告の自宅に度々電話をしていたと推測したとも主張しているが、娘の勤務先の社長からの電話を、母親が右のように取り次いだというのも不自然であるし、そこからB野が原告宅に電話をしていたことを推測するというのも到底合理的なものとはいえない。)。

エ なお、被告らは、原告が解雇に対する対策を具体化するために、強姦未遂事件のシナリオを考えついたと主張するが、《証拠省略》中には、前記(2)ウで認定したところのほか、「社長、私をこう、解雇しよう、とかいう気持ちはあるんですか?」「俺はね、解雇しようなんて今まで思ったことないのよ。」という会話も見られるところであり、原告が解雇を避けるために更に強姦未遂の話をする必要があったとは認められない。

(5) 以上検討した諸点、特に原告の陳述が具体的、詳細かつ明確であること、他方、被告B山は、数日後の会話において、強姦されそうになったと述べる原告に対し、有効な反論を全くせず、かえって謝罪と見られる発言までしていることからすれば、請求原因(二)(2)の事実が実際にあったと認められるというべきである。

(三) 請求原因(二)(3)(不当解雇)及び抗弁(解雇の正当性)について

(1) 請求原因(二)(3)のうち、被告B山が、原告に対し、平成八年九月二六日到達の書面により、同年一〇月二五日をもって解雇する旨の意思表示をした事実は、当事者間に争いがない。

そこで、以下、解雇の正当性について検討する。

(2) 抗弁(一)について

平成八年九月六日以前にも、またその後にも、原告からB野に電話していること、しかし、被告B山が不在であることを知らせてB野が被告会社の事務所に来ないようにするために電話をすることが不自然・不合理であるとまではいえないことは前記(二)(3)ウのとおりである。また、被告B山が、原告がE原やB野と通じていた根拠として述べるところを採用できないことは前記(二)(4)ウのとおりである。

他に抗弁(一)の事実を認めるに足りる証拠はない。

(3) 抗弁(二)について

《証拠省略》によれば、平成八年九月九日の原告と被告B山と会話の中で、原告が「給料上げてくださいね。」という発言をしたことが認められるが、長い会話の中で一言出ているにすぎず、その後この要求が繰り返されているわけではないのであって、金員を喝取しようという意図があったと認めることはできない。

次に、原告が同月一二日に「ヤクザが押しかけて来ました。」とのメモを残したこと、及びこれが虚言であったことは、前記(二)(2)イ(ウ)のとおりである。しかし、この点についての原告の陳述及び当裁判所の評価は前記(二)(3)イのとおりであって、原告が金銭喝取の手段として右のような虚言を行ったとは認められない。

そして、強姦未遂の事実が実際にあったと認められることは前記のとおりであり、原告の右のような言動が解雇を正当化する事由になるということはできない。

(4) 抗弁(三)について

抗弁(三)のうち、原告が平成八年九月一三日に明確に日数を特定することなく有給休暇を要求した事実は、当事者間に争いがない。

しかし、《証拠省略》によれば、原告は法定の有給休暇の範囲内での休暇の取得を求めていたものであって、無限定な休暇の取得を要求する趣旨ではなかったと認められる。また、強姦未遂の事実が実際にあったと認められることは前記のとおりである。

(5) 以上によれば、被告B山が被告会社の代表者としてした解雇は、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができないものであり、権利を濫用する違法な行為として不法行為を構成するというべきである。

3  請求原因(三)(被告会社の責任)について

請求原因(二)(3)(不当解雇)の被告B山の行為が被告会社の代表者としてのものであることは明らかである。

また、請求原因(二)(1)(入社以来の性的嫌がらせ)及び同(2)(強姦未遂)の被告B山の各行為は(1)カを除き勤務中に被告会社事務所で行われたものであり、また、(1)カも、勤務終了後それに引き続いた時間と経過の中で行われたものであり、被告会社の代表者と従業員という関係を利用して行ったと評価すべきものである。

したがって、被告B山の各不法行為は、被告会社の代表者としての職務を行うにつき行ったものであり、被告会社は、商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項により、原告に対し、損害賠償責任を負うというべきである。

4  請求原因(四)(損害)について

(一) 請求原因(二)(1)及び同(2)の各不法行為による損害

請求原因(二)(1)の被告B山の一連の不法行為(入社以来の性的嫌がらせ)は、長期間にわたり執拗に行われたものであること、請求原因(二)(2)の不法行為(強姦未遂)は被告会社事務所内で行われたもので、原告に不法行為を誘引するような落ち度といえるものがないこと、《証拠省略》及び前記2(二)(2)イ(キ)で認定した酒井和夫医師の所見によれば、原告は、この不法行為により心的外傷後ストレス障害となり、不法行為後三年以上を経過した平成一一年一二月一日時点でもなお治療を継続中であると認められ、原告の被った精神的苦痛が大きいこと(なお、被告らの応訴の態様及び反訴の提起等により訴訟が長期化し、当時のことを忘れることができない状況にあることも治療の長期化の一因になっていると考えられる。)からすれば、慰謝料は一八〇万円が相当である。

(二) 請求原因(二)(3)の不法行為による損害

《証拠省略》によれば、原告に対しては平成八年八月までは基本給一八万五〇〇〇円に一万円を加えた月額一九万五〇〇〇円の賃金が支払われていたこと(同年九月以降は一万円が支払われていないが、これは解雇問題発生後のものであるから参考にならないというべきである。)、原告は、昭和二四年八月二九日生まれで解雇当時は四七歳であったこと、原告は、再就職先がなかなか見つからなかったため平成九年七月まで九か月間再就職できなかったことが認められる。

昨今の雇用情勢からみて、原告のような立場にある者の再就職が容易でないことは明らかであり、解雇後九か月間の得べかりし賃金は、請求原因(二)(3)の不法行為(不当解雇)と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

したがって、月額一九万五〇〇〇円に九を乗じ、失業保険として得た八三万七〇〇〇円を控除した九一万八〇〇〇円を原告の損害と認めることができる。

(三) 弁護士費用

事案の難易、原告の請求額、認容額その他の事情を総合勘案すると、弁護士費用三〇万円を被告B山の不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

5  本訴の結論

よって、原告の被告らに対する本訴請求は、連帯して三〇一万八〇〇〇円及びこれに対する被告B山の各不法行為の日の後である平成九年一一月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余はいずれも理由がない。

二  反訴について

1  請求原因(一)(原告の不法行為)について

(一) 請求原因(一)のうち、同(2)の平成八年九月九日から品川労政事務所に対し強姦未遂等の事実があったと申告した事実は当事者間に争いがなく、同(4)の原告が本訴を提起した事実は当裁判所に顕著である。

しかし、原告が被告B山から実際に性的嫌がらせや強姦未遂の被害を受けたことは既に判示したとおりであるから、原告の右申告等は、不法行為を構成しない。

(二) 請求原因(一)(1)について

請求原因(一)(1)のうち、原告が平成八年九月九日に「給料上げてくださいね。」という発言をしたこと、同月一二日に「ヤクザが押しかけて来ました。」とのメモを残したが虚言であったこと、しかし、原告が金銭喝取の手段として、あるいは金銭喝取を意図して右のような言動を行ったと認められないことは、前記一2(二)(2)イ(ウ)、同(二)(3)イ及び同(三)(3)で認定・判断したとおりである。したがって、右各言動は、不法行為を構成しない。

(三) 請求原因(一)(3)について

これまで検討してきたところによれば、被告らの主張に沿う被告B山の陳述は、全体として信用性に乏しいといわざるを得ないし、請求原因(一)(3)の事実に関する部分も、B野の態度が途中で急変するなど、不自然との感を否めない内容であって、採用できるものではない。他に同事実を認めるに足りる証拠はない。

(四) 請求原因(一)(5)について

《証拠省略》には、「B川に以前長く勤めて居た事務の女性は社長のB山氏から、セクハラを受け、大変恥ずかしい目にあったと、連絡があり、現在その件で裁判中との事で、社長が自社の社員にセックスを強要したとは、全く驚くべき事柄です。」との記載がある。

しかし、この書面を作成したのがD川のE原であることについての明確な証拠はないし、仮にそうであるとしても、その記載内容は漠然としており、原告が情報提供者であると認めることもできない。

(五) 以上の次第であるから、原告に被告ら主張の不法行為があったと認めることはできない。

2  反訴の結論

よって、その余の点につき検討するまでもなく、被告らの反訴請求は、いずれも理由がない。

三  結語

よって、原告の本訴請求を主文一項の限度で認容してその余を棄却し、被告らの反訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 飯島健太郎)

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